本源寺

知恵と工夫で実現した耐震改修

格子壁を入れることでお寺らしい風情を保ったまま
地震への不安を解消しました

既存の柱に新しい柱を抱かせて
元の姿に寄り添うような改修です

荒れ果てたお寺を再建してきた
本源寺から、耐震改修の依頼

本源寺は、長坂町中丸の中央本線が走る鳥久保に向う下り斜面に建つ、400年以上もの歴史のある日蓮宗の寺院です。その本堂の耐震改修を依頼されました。

尾谷卓一院首が赴任した50数年前、長く無住状態になっていた本源寺は、茅葺きの屋根も朽ち、庫裡はつぶれ、荒れ果てた状態だったそうです。本源寺の住職を拝命するにあたり「八十歳を過ぎたら寺の再建を一生の仕事にしなさい」と石橋湛山 立正大学学長(のちの総理大臣)に命じられた事を忠実に守り、住職は檀家と力を合わせ、仏教関係の出版による収益を注ぎ込んで寺の復興に励みました。

茅葺屋根をトタン瓦で覆い、庫裡を建て、山門を建立。仏教美術館や図書館の整備、「南無道場」を建設し、無着成恭先生を招聘しての子供達の夏合宿など、地域の檀信徒の精神的なよりどころを築く活動も行ってきました。「次は本堂の耐震改修を」と檀家総代と住職の話がまとまり、その工事の白羽の矢が鈴木工務店に立ちました。

改修が決まり、周囲にコンクリートを打つ前に、まずは仮筋交いで補強。

よろび直しから曳家に頼まず
鈴木工務店で

親方が下見に行くと、石場建ての柱が不同沈下している影響で、本堂の軸組はかなり歪んでいました。床下を見ると、束や柱が礎石から外れているところも少なくありません。特に南東の柱は、基礎石をいくつか地面に搗き固めて埋めた上にのっていたのですが、土の中に埋まっているべきニ番目の石までが完全に露出。台風で出た大水が山の上から本堂の南東方向に流れ、本堂下の土を流し去ったのです。

耐震改修をするには、まずそのゆがみやよろびを直す建物の「整体」をきっちりしておくことが肝腎です。その上で、基礎を直したり、開口部の耐力壁の増強をすることで耐震性を増す、という二段階の工程を踏みます。

第一段階のよろび直しは、本来は曳家を呼んで、本堂全体を持ち上げてもらい、基礎コンクリートを打ったり、柱の下部を新材で根継ぎしたりしてから下げる、という案件です。しかし、わずか25軒の檀家で捻出できる資金には限りがあり、曳家業者を入れるまでは届きません。親方の工夫が問われるところとなりました。

内陣の床下、本堂のまわりにコンクリートを打って、改修後の本堂の足元をしっかりと決めた。

境内の木を使った
格子壁による改修方針

限られた予算の中でこの工事を成功させるには、どうしたらいいのか。考えに考え、親方の立てた方針は次のようなものでした。本堂のよろび直しは大工ができる方法ですること。本堂の外周にコンクリートを打設し、そこにまわした土台の上に、格子壁で補強の構造体をつくること。工事に使う材は、足元の多湿な状態も改善することも見越して、本堂の裏の杉と松を切って製材すること。

「頼まれたらからには、何とかしたい」という、せっぱつまったギリギリの中で生まれた妙案です。伐採した木の天然乾燥からなので時間はかかりますが、なんとか予算内で住職と檀信徒の願いである本堂の耐震改修のめどが立ちました。

あらたに、まわりに打ったコンクリートに打ち込んだアンカーから、ゆがんでしまっている本堂を立て起こすための支点をとる。

本堂全体のバランスを見ながら
時間をかけて建て起こし

よろび直しの前段階として、まず本堂の四周に奥行き2尺、高さ1尺のコンクリートを打ちました。これが、建物をおこしていく支点にも、本堂を囲む格子壁フレームの土台の基礎にもなります。建て起こしや格子壁による耐震補強が完了したら、本堂のぐるりに濡れ縁を新設すれば格好もよくなるし、コンクリートを目立たなくできると親方は考えました。

よろび直しのメインは、5寸下がった南東の柱を引き上げること。反力は本堂脇のご神木杉からとることにしました。ワイヤーを太い幹にかけ、南東の桁とつなぎます。一カ所だけで引っ張ると、そこだけに負荷がかかり、本堂の軸組のどこかが損傷しては困るので、本堂の四周にまわしてコンクリート基礎にとめつけた角材と本堂の桁との間にもワイヤーを張りました。それぞれのワイヤーに大工がつき、本堂全体を起こすと同時に、お互いに声をかけあい、全体のバランスを見ながら、ターンバックルでワイヤーを少しずつ締めていき、ゆっくり時間をかけて起こしていきました。

既存の建物のまわりに耐震補強の格子壁を取り付けるために、添え柱を立てた。

本堂の外観にマッチする
「面格子壁」で耐力アップ

耐震性能をあげるために、親方は平成15年の建築基準法告示で新しく追加された「面格子壁」を採用することを考えました。現代工法的に構造用合板を張れば本堂が隠れるし、筋交いの斜めのラインはお寺にはふさわしくないと考えたからです。

裏山の二寸角の杉材で格子壁のパネルを組みあげ、本堂の四隅や鴨居上の小壁などにバランスよく配置。裏に白い珪カル板を張り、格子の向こう側に障子紙を貼ったように見せました。格子の割付にも配慮し、組子には面取りを施し「見せる耐震補強」として遜色ない仕上りとなりました。

耐震補強のために入れたとは思えないくらい、格子壁の意匠は、本堂の外観とマッチしている。

軒裏や濡れ縁も新しく
本堂内もきれいに

耐震補強終了後、濡れ縁をまわし、ぼろぼろになっていた軒裏も新材に張り直すと、本堂は生まれ変わったようにきれいになりました。本堂にのぼる階段にかかる向拝の虹梁と、本堂とを結ぶ蝦虹梁も新たに取り付けました。

本堂の内部は、内陣は5分、外陣には1寸の床板を張りました。床材も、本堂裏の伐採材を加工したものです。内陣には畳を、外陣には緋毛氈を敷き、ご本尊をおまつりする須弥壇のゆがみも修理しました。

軒裏もボロボロになっていたので、板を張り直して整えた。

東日本大震災も
無事にやり過ごしました!

工事終了後には本堂で新築法要が大々的に行われ、檀家の皆さんにも、お祝いにかけつけた日蓮宗のお坊さんたちにも、喜んでもらうことができました。「こんどは鬼子母神堂を直してくりょう」と、次のご依頼もいただきました。

竣工の半年後、東日本大震災が発生。「本堂はどうなった!」居ても立ってもいられず、親方はすぐにかけつけましたが、本堂はずれたり傾いたりすることもなく、シャンと建っていました。

既存の向拝と、軒を張り直し、格子壁で補強した本殿とが、自然な感じにつながった。

石場建ての伝統構法
民家も社寺も同じ

まだまだ古民家の多い、この八ヶ岳南麓エリアで、鈴木工務店は地元の工務店として、多くの古い家のよろび直しをしてきました。伝統構法の石場建ては、コンクリート基礎でかためてしまう現代工法とは違って、足元から建物を修繕することが可能です。これだけ大きなお寺の本堂で、曳家に頼らず、よろびを直すのは初めてのことでしたが、社寺も民家も、基本は同じ伝統構法。親方のこれまでの経験を踏まえ、今回の工事を乗り切りました。その判断と施工の結果は、東日本大震災でも証明されました。

伝統構法には現代工法とは違った力学があり、地震力に固く抵抗するのでなく、地震力を受け流すしくみをもっています。その伝統構法のやり方を知らない工務店が、現代工法の発想で直すと、かえってうまくないことがあります。

鈴木工務店では、伝統構法の社寺や民家の修繕・耐震改修を、伝統構法に合ったやり方で行うことができます。長く受け継がれてきた建物を、さらに長持ちさせるような建築工事を通して、大工という立場から、地域の建築資産を未来につなげていきたいと思っていますので、古民家や社寺のご相談をお待ちしています。

ご本尊が鎮座する内陣の須弥壇も、歪みを直して整えた。

数年が経ち、格子壁や濡れ縁の木の色も、だいぶ落ち着いて来た。

格子壁の一本一本の材を丁寧に面取りしたことで、寺院にふさわしい風格のある外観となった。

尾谷院首と、お寺のこれからを語りあう鈴木親方。

取材・文: 持留ヨハナエリザベート
撮影: Shuhei Tonami
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